Author Archives: asmile

夫婦だからといって、妻が思い決めた通りに夫を自分の会に入れたり、すぐに活動してもらえると期待してはいけない。地域に馴染みのうすい夫たちである。時闘をかけて少しずつ地域とのつながりを作っていくことが成功の秘訣である。時には、夫は夫、同や」4宮夫との距離にメリハリをつけるアツアツの今、まさに恋のマッ最中、という時期でも、朝から晩まで、晩から朝まで一緒にいたら、やがてはあきてくる。だからを使ったら結婚は恋の墓場などとさえ言われる。十年、二十年、三十年。夫婦の年輸が重なれば、また違った味が出てきて、空気のような、ごはんのようなお互いになくてはならない存在や味になりたいものである。そこで提案。子供がそれぞれに独立して、夫とさし向かいの時聞が多くなつできたら、一緒にいる時間と離れている時間の濃淡をはっきりさせるようにした方がいいように思う。「空気のような関係」というのは、絶対に必要な人なのに、あるかないか考えたことがない、ということらしい。長くつき合ってマンネリ化しているのなら、お互いにフレッシュな気持ちになれるよう少し距離をおいたり、心の模様替えを心掛けてはどうだろう。いくら大切な相手でも、いつも一緒ではお互い疲れたりあきてくる。一緒にいる時間はなるべくにこにこと相手が喜びそうなことをしたり、言ったり、甘えたりする。その代わり、離れている時間も意識して作る。そのときは、夫のことを忘れて大いに自分の時間を楽しむ。外で味わった楽しい出来ごとや商白い発見を生き生きと話す妻に、夫もリフレッシするであろう。アルゼyチオさん夫妻は、失の仕事柄、毎日、非常にyから日本に来ていた外交官のフラギ忙しく暮らしていたが、夕食だけは、お互いにできるだけ一緒に食べるように心掛けていると言われた。「毎日、忙しいので、妻も私も子供たちもバラバラ。だからこそ、一日一回は、家族全員揃って、食事することにしたのです。この何気ない時間のなかで、家族の連帯感や思いやる心が育ってい〈ように思います。父親である私が努力して、食事に間に合うように帰れば、高校生と大学生の子供たちも、たかが夕食なんて軽視しないで、ちゃんと帰ってきますよ」この訴は子供を含めての話であるが、一緒に過ごせる時聞は、普段、離れている分を補っても余りある程、濃縮したコミュユケ1ショγの場にしたいものである。私の友人で、子供さんたちはそれぞれが結婚して別に暮らし、定年を迎えた夫と二人で暮らしている神山さんは、着物の着付けの先生をしていました。

地方へ出張教授に出かけることもある。出張のときは講習が終わった後、夫と合流して、二、三日の旅を愉しむようにしているそうである。彼女の場合は、教えるという仕事が一週間に何回かあって忙しいけれども、その時間は完全に夫のことを考えずに、若い女性の生徒さんと接している。夫をおいて外出するのに慣れているので、女性の友人たちと何かするときも気軽に外出している。辛い彼女の夫も、好きな碁を打ちに行ったり、週に一度は、区民センターにあるジムにも通っている。夫を組大ゴミにするのは婁の責任神山さんは、他の同年配の女性に比べ、できるだけ多く夫と外出できるように心掛けているように見うけられる。若い目、夫を愛した気持ちをそのままに持ち続けているような初々しきが彼女には感じられる。夫につき合う時間と、仕事に自分を打ちこむ時間のパラγ九が、生活にメリハリをつけるちょうどいいリズムになっているのだろう。神山さんと私とは同じグループのメンバーとして、外国の友人たちとも一緒に旅行したり、招きあったり、あるときは読書会をしたり、料理やカ1ドの作り方を教えあったりしている。神山さんは仕事もあるので、いつでも参加できるわけではないが、この会の中で内外の新しい友人が沢山できたし、仕事とは違った愉しみを持つことができたようだ。だから、時には、授業料はなしで、外国の友人に着物を着せる会を開いてくれたり、催し物があるときは外国の友人と一緒に招待してくれる。しかし、何か楽しい集まりがあるときでも、夫と先約があるときや、夫を一人にしての仕事が続き過ぎたときは、、、「折角の外岡の友人の招待の昼食会に私も仲川に入れて下さってと今日はお昼を外に食べに行きましょうと言ってしまってあるので、残念だけれどさそって下さいね」とはっきり断わってくる。この辺のけじめが、非常にすっきりしている。往々にして、夫がいつも・家にいて、時間に余絡があるからと、夫との約束を簡単に変えてしまうことになりがちだが、彼女は、決して夫をないがしろにしない。それどころか夫に対して敬意をはらってい私も行きたいのですが、夫、、いつまでも恋人のように心’版、、、妻の方がお稽古ごとの先生をしたり地域活動をしたりして、それなりに忙しい毎日を過ごしている人は、いよいよ夫が定年になるとだろう。突然、・夫が毎日家にいるようになってとこぼす人もいる。こんな場合も、若いうちからしむ時間と、夫は夫、私は私という時聞を過ごすことに習慣づけておけばわっても困らないのではないでしょうか。

しばらく生活のリズムに慣れるまでは時間がかかる、夫の昼食作りなどで・出品に純られるようになった、、夫と一緒に家にいたり夫とよく話し合い、外出したりして楽、それぞれの状況が変自分の愛する夫を粗大ゴミにしたのは妻ではないだろうか。る。、次のときに夫自慢の効用こきおろし競争より褒め競争何年も一緒に暮らしていれば、どんな素晴らしい人と結婚したと思っても、欠点ばかりが自につく時もあるであろう。特に、日本人は身内のことを他人に話すとき、悪い点は挙げても、身内を褒めるのははしたないと思っている人が多い。だから女友達に自分の夫のことを話すとき、お互いにつれあいをこきおろす競争をしがちである。そこで、次のように、夫の褒め競争なんてのはいかがなものであるう。さん「きのう、帰るのが少し遅くなって駆けこんで台所に入ったら『ごはんと味噌汁だけ用意しておいたよ』なんて言ってくれてうれしくなつもやったわ。お汁の突の切り方が大き過ぎて半煮えのところもあったけれど、『おいしい』って、お世辞を並べて食べていたら『明日も作ってあげょうか』なんて、言ってくれたわ」さん「うちでは食事作りはヨワイのだけれど、それ以外のことは、頼むとちゃんと覚えていてこの闘の日限日も、ごそごそしてやっているから何かと思ったら、ずっと前に頼んで、私の方が忘れていた裂の原が錆びついていて動きにくいところを一生懸命直してくれているの。いいところある亭主と思ったわよ」さん「うちの人は不器用な方だから料理も作ったことがないし、修繕もそれ程上手にマメにしてくれないけれど、その分やさしいのよ。私が作った料理を、少々失敗しても『家で食べる食事が最高だね』なんて言ってくれるの。遅く帰る日が続くと『遅くまで起きて待っていると疲れるから早く寝ていなさい。明日はなるべく早く帰って、君の作ったごはんを食べたいな』とか言われると、こっちまでやさしく言ってあげたくなるでしょう」という具合いにはいかないものだろうか。いくら褒めても、他の男性を褒めているわけではないのだから問題が起きることはない。聞き手も「イャ1ね、のろけもやって」と思っても、後味の悪さはない。更に、その褒め言葉をよく聞いてみると、夫だけがよくできているからではなく、その話の漢に、上手な夫の操縦法のコツが隠されている。さんの話は、たとえ下手な料理でも夫が作ってくれたときは、妻として「おいしい」と口に出して褒めながら食べることを示しています。

誰だって、最初から料理を上手に作れる人はいない。ちょっとしたことでも自分から夫が手伝ってくれたときに、心から感謝してそれを口に出して褒めればまた次にしてあげようという気になる。Bさんの場合には、家の中のことで何かを頼むときに、一度頼んだら、しつこく何度も催促しないことがコツであることを示している。家の中の雑事は、誰によらず頼まれですぐに、他のことをする手を止めてする気にはならない。まして道具やら薬品やらを揃えて手順を考えてからすることに対して、「まだしてくれないの」などという、味も素っ気もない催促の言葉では誰だってする気にならない。黙って、顔んだことを忘れているように機嫌よくしていることが最もよい方法であろう。そして、しばらく経ってからやり出したとき、「覚えていてくれたの。助かるわ」というような感謝の言葉を口にすれば、次回はまたしてあげようと思うであろう。まず相手の夫を護めることさんの夫のように何も手伝わない夫は、世の中には多いと思うが、妻にいたわりの言葉を口に出す人は少ないのが実情であろう。しかしこれも、妻の出方で変わってくるのではないだろうか。夫を甘やかす一方がいいとは思わないが、夫の帰りが遅い日が続いたとき、外で遊んでいるのだろうなどと思わず「あなたも大変ね。とても疲れているように見えるわよ」と、思いやりの言葉をかければ、夫の方も不機嫌な顔ばかりをしていられなくて、やさしい言葉を返してくるようになるのではないだろうか。女どうしで夫自慢をすることは操縦のコツを研究するにも役立つというわけで一挙両得なわけだが、実際には話の切り出し方がなかなか難しい。たとえば、私の場合のことであるが、「うちはね。性格が極楽トンボの陽性なところがあって、ちょっと褒めるとすぐ手伝ってくれるのよ:::」話し出した途端、「お宅はいいわよ。やさしくて、いい旦那様をお持ちだから。そのお陰で仕事だってできるじゃない」「まあ、それはそうなのだけれど:::」これでは、相手の夫の自慢話をさそい出すことにならない。反対に、夫のダメ亭主ぶりをご披露すれば、世間一般の夫の窓口コンクールになってしまう。相手がまず、自慢できるようにするには、会話をどうスタートさせたらよいのだろうか。キャシは、カナダの友人でもう十年以上のつき合い。お互いの家族のことをよくよく承知の間柄である。その彼女が会うたびに言うことがあるのです。

「あなたも私も本当にいい夫を持っているから感謝しなければね。特に和子さんは、ケイハ夫のことを彼女はいつもそう呼ぶ〉のようないい旦那さまを持っているのだから幸せよ」この手である。相手の旦那をちょっとしたことでもいいから褒めることである。さっそく試してみた。相手の夫と接する機会はなかなかないが、最も可能性があるのは、電話をしたとき、その夫が出て来るときである。日頃から、自分の夫のことを「大正生まれだからもうダメ」という木下さんに、その方法をとってみた。「きのう、ご主人が電話口に出られたでしょう。大正生まれとおっしゃったけど、お声がとても若々しいので、他の人かと思ったわよ」「あらそうかしら・・・・・・」そこから彼女のいささか窓口まじりではあったが、夫へのノロケ話が始まった。夫自慢の効用は、夫婦どうしのつき合いを九ムズに愉しくひろげてくれるであろう。いい男友達は、人生を更に楽しくする男友逮とつき合えるのも夫のお陰一九八七年の五月頃、のテレピで、山田太一さんのシナリオによる『ともだち』というドラマを五回ほど連続して放映したことがある。これは、普通のサラマγの男と、やはりサラリーマンの夫を持つ妻がふとしたことで出会い、ともだちになっていく話である。男の方は単身赴任中、女の方は狭い団地にサラリーマンの夫と姑と小学生の子供と住み、パートで弁当屋さんに勤めている。姑が友人と家でマ1ジャγをしていて家にいにくくなり、近所の烏の保護地区に何となく行って、そこでその男性と偶然に会い、ひとことふたこと言葉を交わすことになる。その帰り、寒くて喫茶店に立ち寄るところから始まる話である。お互いにそれ以上の線を越えて、不倫の関係になりたいわけではない。会っていると何となく幸せな気分で話がはずむというだけである。経過はいろいろあるが、そのうち、自分のつれあいに隠している結果になっているのがいやで両方がお互いに紹介し合い、話し合うようになって、とうとうニ夫婦が一緒に一泊旅行に行くことになる。結論は、夫婦以外に異性の友達を持ってもいいじゃないか、しかし現段階としてはそれぞれ結婚している人が、自然にしかも純粋な異性の友人を持つのはなかなか難しい。けれども、もしそれが持てたら、生活に豊かなうるおいと張りをもたらす面も相当あるのではないか、という問題を投げかけている只トーである。突は、私の場合は男友達が何人かいる。これは本当にラッキーなケ1九である。第一に感謝しなければいけないのは夫の態度であるのです。

いくら私自身が男性の多い高校と大学を卒業しているといっても、私が男性の誰かと外出しても、結婚以来一度として、夫から皮肉っぽく嫌味を言われたことはない。これは一般的に男性には難しいことのようである。しかし、私のように仕事を持つ者にとっては、ありがたいことであり、また必要なことなのである。男性からの情報やサポートがなければ仕事は非常にせばめられる。私の場合は、理科系の大学を出て研究所や大学で、男性と同じ仕事をしてきたから、友人や仕事関係の知人はほとんど男性である。逆にそれらの男性が、私の夫のことを気にしたり、気にする以前にめんどうであると思って、同僚としてつき合ってくれなかったら、どんなにか仕事がやりにくかったろう。いずれにせよ、私には何人かの男友達がいる。男性の友人というと、何か特別に考えがちだが、そのような特別な感情を持ったら長く普通につき合うことができない。友人の中の何人かがたまたま男性であるというだけのことである。正直に言えば、若いときはいろいろな感情を持つ男性もそばにいた。しかし、仕事をしていれば、好ききらいの感情を持つてなどいられない。お互いに気に入らない人とも一緒につき合っていかなければいけないのが職場である。少し気の合う人には、用事を頼みやすいというぐらいの差はあっても、感情のままにはつき合わない。いろいろな出会いがあって今、五十歳を越えてみると、淡々としたつき合いの男友達がいるのは、本当に幸せである。つき合い上手の秘訣あるとき、私の学生時代からの男性の友人を、あるワイγを楽しむ会に連れて行ったことがある。その会には、私の女友迷も入っていて、自然にその人を彼に紹介した。った。私と、その男友達とは、長い友人として、冗談も通じるし、仕事の相談もできるし、共通の友人の話もでき、話題は尽きない。しかし、紹介した女友達は、私とは親しくとも、私の男友達とは打ちとけかねて、何となく不彼女はリラックスしたのか、「楽しいわ。こんなに楽しくいられるのは滅多にないことで、私本自然なところがあるのは仕方がない。そして、会話も共通のテlマがない。少しお酒が入って、会が終わって、ちょっと飲み直そうかということになり、女友達も一緒に誘って別のバlに移当に幸せだわ」と言い出した。そして、「なのに、私の夫は:::」とぐちをこぼし始めた。彼女にとっては自然なのだろうが、これは、楽しく発展する話題ではないです。